昭和五十四年三月一日  月次祭
                                                                               お道の信心をさせて頂く者は、結局は教祖様の御信心の御内容 教祖様の御信心のいやっ御有られ方ものを神習わせて頂くわけでございます。
 教祖様という方は まあ私共が聴けば聞くほど 又解からせて頂けば 解からせて頂けば頂くほど 本当に..えー なんて言うてよいか分からないほどしに その人情身というか 又は神情身というか..ね もう限りない広さ深さに触れさせて頂くのでございます。
教祖様が、ご修行の御最中、裸足の行をなさった時代がございました。何処へお出で、誰にでも裸足で そこで奥様がある時に「貴方が、いつもはだしで野良に出られますと 村内の者が色々と風評が立っております。文さんは もうそれこそ 神様、神様というてね、それこそ 信心のぼせになったようにしておるから 草履一足作る暇がないようだと言うております。ですから 貴方の事は皆がわかりません、だから草履をどうぞおはきなさいませ」と言うて進められた。特に教祖様は ただし、神様の仰せには背かれない そこで「私が無精で作っていないか、どうかという事を村の人に分かってもらう為に 私が行く時に貴方が後から草履を持ってついてきてくれ。」とおしゃっておられます。牛を引いていく時には 牛の背中に結わえておいでられた。鍬を担いでおい出る時には 鍬の先に草履をつけておい出になったという事でございます。御伝記の中に残っております。ねえ奥様の顔もたちゃ 神様への義理も立つ かというて又、ある時などは 親戚の誰それが亡くなったと もう それこそもうびっくりするわけ 神様のお知らせが有った。    そして[近所、隣の縁者、親類の者を共のうてお悔みに行け]と言うお知らせを受けられた。それで取る物も取りあえず、お悔みにおい出られますと 当の御主人が出て見えたという...ね .........「ほう、皆さん お揃いで今日は何事ですか。」         もう、それこそ穴でもあれば入りたいような思いをなさったのではなろうか。又 親類の方達にも本当に申し訳ないと 思われたような事でも有ったろうかと思われます。けれども、帰り道々 神様は教祖様に向かって、[戻しの風は 十層倍と言うて帰れ]とおしゃった。「戻しの風は 十層倍」...「戻しの風は 十層倍」と言うて帰られたというお話が残っておりますね。                               ですから、金光様の御信心の私共のさせて頂く者もです。やはり この総代の永瀬さんのお宅の 恒例の宅祭り いわゆる謝恩祭がもう、それこそちょっとした教会では あ..出来ないような素晴らしいお祭りが あ..あの広い所いっぱいのご参拝者でした。   もう お供えなんかも もう御神前に埋め尽くすような お供えでした...ね、そこで まあ、頂きました御理解の中に [天行、地行]と言う事を頂いた。           これは、私が、二十数年前に..えー 伊万里の竹内先生の所だったと思うんです。あちらへ...えー..なんか有ったんですよね、そん時に、御信者さん方皆行った時に 窯元
伊万里の窯元へ案内頂いた。 そこで大きな皿に 私がそれに天行、地行と書いてそれを焼き上げた物を頂いておりました。それを当時 総代の高芝さんにとってからあー 永瀬さんに一枚ずつ差し上げた。こう額になっての それが天行、地行とはあ もうその時分から いうならば 天の心 地の心を皆さんに聞いておったんだ。またその行こそがお道の信心の行だというふうに、皆に聞いてもらっておったんだなと思わせていただくのでございますね、天の心、地の心その中にです。やはりね 神情あり 人情あり 人情というても いわばつまらん人間心ではなくてね、いうならば 神情からい出た所の人情とでも申しましょか。ね、
 この方の道は 親切が一つあれば人が助かりますと金光様がおしゃっておられます。ねなにが、出来なくても親切 それは親が子を思う情念だという事です。親切というの
...ねっ 親が子供の事を切実に思う その心を持って 赤の他人の誰かれにでも 親心を持ってお取次をさせてもらうならばねっ、人が助かるというほどしのものです。親切はそれは、そのまま、神心ではなくて人情ですけれどもね、... いわゆる 神情からい出た人情というふうに思うんです。ね...そりゃ人間心はいけませんですね。       今日は、久しぶりに 久しぶりここでは、今年 初めての大雪でございました。九州各地 えー この雪にみまわれた訳です。だから宮崎、延岡、あちらから 今日の、お祭りにお参りになる方達は皆 車を利用されますから んー とにかくこの雪にどの道を通ったがいいだろうかとね、いう訳です。別府回りにしたがいいでしょうか。高千穂回りにしたがいいでしょうか、というわけですね。 ある方に私が 高千穂回りでお出でなさいと申しました..ね、所が 高千穂回りほうがその雪が..まっ..深そうですから高千穂にやっぱり信心友達の方がおられますから あちらのあじつさんの所に電話が掛かって来た。親先生が「ああ言われるけれどもそちらの方はどうでしようか」と、「いや、それは私も今日朝からお参りするつもりで熊本まで行った。所が雪が深くてとても行けませんから とうとう引き返して帰ってきた所です。」とこう言われる 「いやあ、そんなら」と云う訳でしたけれども あじつさんが、その時言うておられる事なんです。         「親先生が 高千穂回りでと言われたならばです。もう一ぺん私もお参りし直しましょう」と、「貴方が、高千穂の方へ回ってください。貴方の車に 私も共も便乗させて下さい」というて、そのお参りして来たというのです。                 今日、参っておられます。ね、人情で言うたらお参り出来ない所です。信心にはね、そういう がむしゃらなようですけれども いわゆる神情ね、親先生のことそのものを神様の言葉として頂く頂き方 今日、先ほど着かれましたから、そこらのお取次ぎさせて頂く時今日、難渋なさいましたでしょうと言ったら、「いいえ、それがもう お陰を頂いてから」、前にお参りした時には 通れなかったれなかった道が 今度はもうとにかく楽に この御用(?)雪が融けておったわけでしょう。「楽にお参りが出けた。」と言うておられます。ね、 ここに、人間心使うとです。例えば、今日も、朝参りを途中までして来たけれども とても危のうて えー 走ってこられない。すぐ 途中から引き返してきたという方が、 車も何台も有った。そして昼からお参りになった。                  又 ある方はです。もうとにかく 金光様 親先生でやって参りまして 途中で滑りました。もう びっくりする いたしましたけれども お陰を頂して何無しにお参りが出けた。又、帰りに「どうぞ宜しゅうお願いたします」と言うて帰ったら もっと今度、 雪がひどかったけれども お陰を頂いて時間が少々掛かりましたけれども 無事に到着しましたというて電話、御礼の電話が掛かって来た。信心には こう云う所があるんです。ね、  昨日、そう...ん...今、宮崎の渡辺さん達御夫婦が あの鹿児島の方へ出張しておられた。是非、 一日には こちら御礼参拝したい( ? )には こちらには夜中へ着くとこういうわけなんです。そいで私は 修行生の方に言ってから ああ (  ?  )が 夫婦で見えるんだから 二階の部屋 あの 暖房をしときなさい。部屋暖めておきなさいと 言うておりましたら、今朝から参って見えたから もう泊まっておられるものとばっかり思うておった。所がこの雪 途中で雪に会われたものですから もう そうのろのろ運転で見えた。そして途中 眠けが来たから とうとう途中のホテルに泊まって 今朝、「ただ今着きました。」とこういうのである。                      私の人間心ね、私は修行生にだから あのう 先生がおしゃったから さっと部屋暖めておったけども 例の泊まって行かなかった。無駄だったねぇ けれども どういう事でしょうか。これは、もう無駄なってもいい。 まあ、本当にすみませんというその心とねぇ  私が夜中の この寒い中に着くんだろうから 部屋を暖めておけという その心の 心の交流が無いはずがないです。 暖房をつける えーぱなししたぐらいのことじゃないです...ねっ、いうならば 神情から出た、人情とでも申しましょうかねぇ。                私共、日常生活の中にそういうことが幾らもございます....ねぇ そこん所をです。私共が、これは、えー 人生には大きな節が有ると言われます。一年の( ? )にも有ります。一月の間にも有ります。一日の中にもこれが節だろうか、という一日の節がございます。 だから、これは節だなと思うたら ここは貫かなきゃ行けませんです....ねっ.... え、 まあ、場合によったら危険だ 又は 人から笑われる。ねぇ、人から誹られると例えいうてもね、 神様からは、笑われてはならん。人から笑われても、神様から笑われてはならんと言ったような事がですね。日々の中にも、一月の内にも、一年の内にも、一生の内にも、そういう節ということがございます。だからその節は そこから折れてはならない。そこから、後戻りをしてはならない。そこを、貫かせて頂かなければね、 本当の信心にはならない事がございます...ねぇ それが段々信心させて頂いたいますと、信心の一つの 何と申しましょうか、感とでも申しましょうかねっ。これはいうならばもう節だ あー こりゃ神様がお試しを、下さりよるなと思うような事がございますねぇ。だから 神情、人情の使い分けこの辺の所がね。いわゆる天行、地行というような 量が日頃に出けて居らんと中々難しいのでございます....ねぇ                         先だってから、福山から あー 時々一回、二回ずつ うー 団体参拝がございます。 岡山辺りから、えっ、ここ当たり御本部へ、 岡山へお参りする 、あちらの方は合楽にお参りなさる方達が段々増えたきた。そういう中に んー ある方がお参りして見えた。お参りをしようと思うて お連れの方と一緒に えー して居る所へ丁度 嫁が産気ずいたという通知を受けられたね、そいで、まあとにかく嫁の所へ行くともそうだけれども、とにかく神様へ合楽へと心は向いとるのだから 後はどうぞ宜しゅうお願いしますでお参りをしてきた。ここで お参りして着かれてすぐに、こんな訳でしたからと言うお届けがございました。そこで「親先生相済いませんが、あの、お名前を頂戴しとうございます。」こう言う 時々そんな人があるんですねぇ。それは、と お名前もじゃろうもだけど お名前よりか、まず安産のお陰を頂く事が, 願う方が先決じゃないのと、私は言おうと思いました。思いましたら、もう私が言おうとする前に 神様がはっきりと(ひろこ)と頂いた漢字で、頂いた・・ほう・・どうしたことであろうか。ほいで、すぐ書き下げて 渡して頂きましたら お名前を頂いたと言うので もう本当に喜び一杯で電話室に行って えー もう生まれる前から親先生からお名前を頂いたよ,こうこうだと言うて 電話を掛けようと思うて電話室にやらせて頂いてたら電話が掛って来よる。 受けた所が自分の家からであった。お陰で、娘安産のお陰を頂いたお礼を申し上げてくださいという事であった。「いやあ、今、親先生に名前頂いて、ひろことお名前頂いたよ」と言うて、親子の者が電話で喜び おうた、難しい所がありますね。だから、私がもしそん時にです。ほなら、私の人間心でね「あんた、そんなこと言うとるけれども ねぇ。安産のお陰を頂く事の方が先決じゃないかと というておったら、私の言うた事はおかしい事になって来る。もう すでに生まれておるですそん時には ね、なるほど神様が先にお名前下さったのだな。と思わせて...それから、四、五日して、えー 立ってからでした。                 又、あちらから沢山、、団体参拝して来た。人間はもう本当に( ? )なんですね。もう楽な方へ、楽な方へと走りたがるもんです。椛目の時代でしたけれども、薬もね いうならば、祈れ薬れにすれば、良いから祈りを先にして薬を飲んでもよいと言ったようなご理解を頂いた.ね。 そしたら、それから一両日してからだったと思いますけれども つないであった庭鶏が はあ、こうほどかれた、そしたらね、椛目の直ぐ前が田んぼになってるんです。稲段になってるんです。その稲段の中に何匹か庭の鶏が バッと走りこんでその稲穂を摘んでおる所を頂いたんです。これはいけないでしようが ねぇ。本当言うたら、つながれておっても例えば、一軒なら一軒のつなぎ、つながれておるんですから 人間が庭鶏をつなぐ時にそこに餌の無いところに、繋ぐ筈ありませんよね。だからそこをこうやって、まあ あせくるというねぇ。そして、そこから良い餌を いうならば つばんで行く....いう場があるんですけども それをね、私共はそのおおいにして その一軒ましかくところでは 何かこう 窮屈なとか、苦しいとか思う。そして向こうの方に 良い餌があるように思う。自分が今、ただ今窮屈な思いをさせて頂いておるときにです。もうとにかく 人が幸せになって行きよる様子が見える あちらはよかろごた風に見えるねぇ これではお陰にならん。自分が窮屈な思いをしおるなら、自分の窮屈なその中にです。神様の神愛が有る事を、一つ悟らせてもろうて、餌はあるんだと、神様が立ちゆかにゃしてくださらんのだと言う確心をもってそこをね、自分の窮屈なその世界に云うならば限りない喜びが湧く いうならば 御結界 只今繁盛の中にでもね 世界は和賀心にあると言う心ですら開けてくるのですからあるんです....ねぇ、いうなら 合楽に参ると( ?)参りするともう 薬は飲まん もう薬ばかりは捨ててしまえ。もう 川に流したと言ったような人達が段々出来てきてお陰を頂く。けれども 一生懸命我慢してるんですね。はあー こげん頭の痛か時に 今 ノーシンを飲むならばスーいつでんしよったばってん、はあ―胃が悪いのに 今 胃酸を飲むなら ベソッと言うていいけれども 金光様の信心しよるけん 胃酸も飲まれん ノーシンも飲まれんと言うような人たちがやっぱあった訳なん。ほいでもう、はー 開放された途端に、ばーっと いうなら もうノーシンに飛びつく 胃酸に飛びつく いうなら前の稲段に入って行くと言うようなね。いうならば 楽な方へ楽な方へと走りたがる傾向が私共にある訳なん...ね。福山のそれもそうです。  まあ、その話がばっと、福山の御信者さん同士に はー 今日は合楽にお参りさせて  親先生から ね お名前を先にこうやって頂いたと言うお話をしたのに違いはないです。それから、四、五日後にも団体参拝があった、一つの中に幾人もそうい言うのが有ったんです。売り出しを始めたいと思います。そいで記念品をあげたいと思いますが、何百ぐらい作ったら良いでしょうか。と言うような調子なんです。                如何ですか皆さん...ね、私がそん時人間心つけちゃならんと思うたから お願いしたら七百と頂いたから 七百すりゃまあ多過ぎもせんし、少なす...困る事も無いし はあ七百目あまりのお客さんが有るなという事も分かるけれども、それでは信心に成りませんです...ねぇ..神様にお願いをしてお下がりをさせて頂いて そして万事御都合お繰り合わせの頂けるような信心こそが有り難いのです。                  私はそん時思いました。ねぇ、楽な信心ではいけんなあと...ねぇ やはりそこには修行が伴い。 先ず自分での心を練るというか、自分の信心の判断が、段々間違いのない的確になっていく事を稽古していくという信心に成らなければいけない。その えー その
お婆さんから、うー 四、五日前 又電話が掛かって来た...ねぇ 孫ですよねえ、   子供がその 「黄疸が出ました、お願いして下さい。」という お願いをしましたら あくる日、お陰を頂いて 全快のお陰を頂いた。もう不思議な..もう..あの..まあ..あー早速、お陰を頂いたとこいうのである。又 翌日電話が掛かって来た。「少し、母乳が あー足りないようですから 作る乳を与えております。」とこう言う だから、私電話の線で、少し荒々しく申しました、「足らんはずは有りません。」つうて つと声が大き過ぎたんです。はーっちゅうてからもう 向こうで直立不動しよりなさる感じがあるんですよ...ねぇ(笑い) 「足らん筈、有りません」と言うその一声でです、【ハッ】と気ずかせて頂く信心が大事なのです.....ねぇ                        甘木のこれは、御流儀と承っておりますが、どういう御大祭の時でも お供えものを御買いに成らないというのが、甘木の御流儀だそうですねっ、はあ、そうすっと私共手続きである所の久留米の親教会はど言うことかというと、もう 人間のいうならば真心 もうそれこそ ありとあらゆる物を御神前お供えしたいと言うので もうそれこそ 何人もの先生方が市場へ行って もうそれこそ珍しい物を、珍しい物 立派な物をと買い整えて 御大祭が仕えられる。これが久留米の御流儀なんですねぇ。所が私の流儀は違うんです。甘木流でもなからなければ、久留米流でもない。                   私がまだ、福岡の長浜町時代に お月次祭にはやっぱり月四回仕えておりました。  お神酒すずの中も水 水玉の中も勿論水 お野菜は前の田( ? )もう 見事に出けて、にらが植えてあります。にらがよく出けるねぇ、食料品屋さんところから頂いてきた、あー たくわんの腐ったようなやつを、良いとこだけを切ってからお供えをするね、そういうお祭りでした。                                神様に本当に「相済みません」とお詫びをさせて頂いとったら、水、神様から【水づくし】と頂いた、本当に水づくしでした。                         【水ずくし、魚ずくしになるまでは 離れられぬがわしの心じゃ】とだから私は、いつもその神様の親心にです、縋ってのお祭り、何時でもお祭り何です。もう集まっただけでよかよか、と言うよな事でも無からなければね。というて、なら真心込めて買い集めると言う事でもないね。神様がそれこそ海、川、山野の草ぐさの物を段々、立派な物、良い物をというならば、まあ大げさに言うなら 世界中からでもですね 集め無ければならない物は、集めて下さって、お祭り 例えば金光教お祭りなんかも もう、まるっきり、魚づくしと言う感じですよね。                              そういう時にですね。私が 天行、地行ではない。 いうならば甘木流であったり、久留米流であったりしたんではです、今日の御比礼はなかったと思うんです。合楽のいうならば特異性というのは、足ろうて居ると言う事んなんですね。海の物はあるけれど、川もんがない、山のもんなあるけれど、( ? )物がないという事がない。それこそ海、川 山、草、草の物が集まるということは お供えものだけの上ではない なら、ここのご信者さんの上にでもそうである。お祭りを仕えてもそうである。先生方はたった十人を以って月次祭を仕えるが 琴の方は、あー 楽の方はねぇ、お性分であると言う事は無いでしょうね。 楽人さんもやっぱり 今 十五、六人ぐらいでしょうか..ね、先生方も揃うて 又 お参りもお広前一杯あってね あれもかれもが足ろうて来る。足ろうたお陰を頂くという事の中にです。私は今日、皆さんに聞いて頂きました。私共はね、やはり、人の世に お生かしのお陰を頂いて居るのですからねっ、人をいうならば 馬鹿にしたり、軽く見たりしてはいけんのでございますから、そこに人情がやっぱり必要なんです。    親切がいるんです。人間心もいるんです。けれども人間心に成り果てたら もう人間の力だけしか いわゆる限度があるのです。限りがあるのです。ねぇ..神情を以ってするならばです。いわゆる神心を持ってするならば、これには、限りが無いです。だから人情  すなはち 神情と思われるほどしの神情 たとえば 欲と言うても 小欲を捨てて大欲に生き抜くということ。我情いけんと言われるけれどもねぇ 小我を捨てて、大我に生きぬくことそう言う信心を 天行 地行の中から頂いた いわゆる天の心 地の心であり 水の心であり 泥の心でありますねぇ。                       だから、ここは、辛抱しなければ成らない。人がたとえ笑うても 悪口を言うてもね。例えば 黙って治めるということでもそうです。                  二十五日の、研修の時に 久留米のこの 今村和子先生のお母さんが毎日、日参して参ります。一番口に「今村さんが発表して下さい」ていう司会の事に対してから もうそれこそ もう自分が、今 一生懸命行事ておる事、自分が思うておること、発表されました。 「最近 私はもう 只、ただ 自分の心が豊かに肥えるという事だけを願いとしとりま
す。」                                     「そこにはね、悲しい事もございます。腹の立つ事もございます。けれども それが、心をいよいよ豊かにして行くことの為の 心をいよいよ、太くして行く事の為の 心が豊かに肥えていく事の為の肥料である、 神様の御神愛であると思うと それを合掌して受ける事が出来ます。」という発表をしておりました。もう私は、一番初めに聞いてから    「もう、今日の研修は もう、これだけでよかばい。」と申しました...ねぇ。   そこん所は ほらとても そこにはもう 人情のはさむ余地がない それを人が、例えばよし 笑うても悪口を言うてもね、神様から 悪口を言われ、神様から笑われわれるような事が会ってはならんという、貫く心と云うものが必要なんです。           昨日、ここの矢野先生が頂いておりますがねぇ、泥の...もう窮屈な その まあ  トンネルのようなところをね、もう通って行っておる。長い..長い..そのトンネルのような所を しかも窮屈である ところが向こうへ出らして頂いたら まあ勿論 明るいだけではない、それこそ岩清水がこんこんとして湧いておる所を頂いた。          ただ今、修行中という人達は 修行中であるという看板を抱えておるんです。だからここん所で暗いからとか 窮屈だからとか もう後戻りしようとか言ったらどいうことになりますでしょう。何時まで経っても その明るい岩清水場に出られんのです..ね だからそういう 例えば貫かなければならない 【ここおっ】と言う所は、もう神情一途 もう土の心に極まったというような 生き方をいよいよ身に付けて行かなければならんと思います.....どうぞ。